2018.4.20

そろそろ母の日ですね。でも一体いつ誰が始めたの?

母の日の起源

1908年5月10日、アメリカの「アンナ・ジャービス」さんが始めたとされています。(1872 年にジュリア・ハウさんが反戦を唱えるべく、母による平和の日を提示した日が最初とも言われています。)

アンナの母「アン・ジャービス」さんは、とても熱心なクリスチャン。教会で行われる子ども向けの日曜学校の先生もしており、娘のアンナも母アンの信仰や祈りの影響を受けて育ちます。

1905年、母アンは天に召されます。3年後の1908年、娘のアンナは、母への追悼と全ての母に敬意を表すため、ウェストヴァージニア州グラフトンの教会でセレモニーを開きます。参加された皆さんに、母が大好きだった白いカーネーションを配ったこの日が「母の日」の始まりとされています。

アンナのそのような思いは広がり、1914年、ウッドロウ大統領によって5月の第2日曜日は国民の祝日「母の日」と制定されました。

白いカーネーション

アンナの母が大好きだった白いカーネーションは母の日のシンボルとなりました。そんな白いカーネーションについて、1927年のインタビューでアンナはこう語ります。

白は、母の愛の真実、純白、広い慈愛の象徴。
その香りは母の想い出、母の祈りそのもの。

カーネーションは 花びらを落とさず
その命つきるまで 心にだきしめる
同じように母も 子どもを心のうちにだきしめる
たえることのない愛とともに

この花を選んだ時、白桃色の母のベッドを思い出したのです。Anna Jarvis

日本で広まったきっかけ

アンナの思いが日本に広まったきっかけは、明治から昭和初期に青山学院に関わった3人の女性宣教師「マイラ・E・ドレーパー」「メアリー・J・ホルブルック」「ファニー・G・ウィルソン」でした。中でもドレーパーは、1908年にアメリカで始まった母の日を知り、日本でも広めようと1913年、日本で最初の母の日を行ったそうです。

約100年経った今も、アンナの母の祈りが込められた花カーネーションが日本中で贈られ続けているのですね。

参照:
青山学院ニュース
Anna Jarvis
Motherhood in point of fact

Post Author: NOBU

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